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薛 珠麗(せつ しゅれい)のブログ
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# 2年越しの物語。
2年前の年越しに、『紅白歌合戦』でのドリカムのことを書いた。


***(以下、転載)***

ドリカムは、吉田美和の様子をとても観察してしまう。

夫君を亡くしてまだ3か月。先日の『Mステ』スペシャルでステージに
復活したのだが、表情が別人のように変わり果てたこと、とうとう
一度も客席を見ることができなかったこと、それでもしっかりと歌っていた
彼女の姿に、色々なショックを受けた。

そして、紅白。自分の人生にどんなことが起こっても
「みんなの未来予想図が思い通りになりますように」と歌う彼女に、
演劇と音楽、ジャンルは違えど、ステージでメッセージを発信する人間の
宿命を見て、心から揺り動かされた。
そして吉田美和は、紅白では、「Thank you! You! You!」と、相方や
バンド、そして客席の方に何度も何度も、指をさして目線を投げていた。
『Mステ』で客席を一度も見ることなく歌ったことへの後悔とか、ひょっとして
あったのかも、と思った。その目は何だか気迫に満ちていた。怖いくらい。

歌を歌って生きる人間は、歌で繋がって歌で歩いていくしかないのだと
想像する。彼女が心して歌う歌を、遠くから見守りたい。
(ドリカムはとりたててファンではないので、あくまでも、遠くから)

(2008年1月1日の日記より)

***(転載終わり)***

昨日2009年大晦日の『紅白歌合戦』では、ドリカムは
赤組のトリだった。

歌ったのは『その先へ』という歌。作詞、吉田美和。
「悲しみや怖れに溺れそうになっても、飛べ、その先へ」と歌う歌。

2年前の『紅白』を思い出して、胸をいっぱいにして聴き入り、見入った。

「その先へ」を「来年へ」とアドリブを交えて歌う吉田美和、
ひときわ力強く響き溢れる声。

最後には客席に「歌え!」と煽っていた。
「もう会えない人に届くように歌え!」
「そしてその先へ!明日へ!」
そう叫んだ彼女は、なんて強く、そして美しかったことだろう。

歌で立ち上がり、歌で立ち向かい、歌によって生き、そして歩いた
2年3か月という時間が、少しも揺れず力強く響く声に乗せられて、
こちらに届いてきた。
わたしは彼女のファンではないが、歌うために生まれた宿命を全うし、
それを形にして意志をのせて広く聴衆に届けている姿に、
本当に本当に感動した。気高く、そして美しい姿だと思った。

『紅白歌合戦』はとっくに形骸化した年越しの風物詩だが、
歌にのせて生き様を届ける歌い手にとっては、「1年の締めくくりの
大舞台」として大切なステージなのだろう。わたしは欠かさず見ているが、
毎年必ず、胸震わす場面に出逢うことができる。

2年前の忘れられない場面が、時を経て、また一つ豊かな物語となって
わたしの中に刻まれた。


*****以上、mixi日記より転載*****


薛 珠麗(せつ しゅれい)
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# 今さら『ラストサムライ』
本当ーに今更でごめんなさい。
最近になって初めて『ラストサムライ』を見ました。がはは。

わたしは日本を題材にして外国主導でつくられた映画は一切、
見ません。万が一にでも腹が立つモノを見てしまった時に、
取り返しがつかないからです。生まれてこのかた、生きること
そのものが異文化交流なわたしとしては、見るに耐えないモノが
今まで、多すぎました。。

というわけで『ラストサムライ』一生見ることはないだろうと
ずっと思っていたのですが、気になる俳優を追いかけていて、
とうとう手を出す羽目になってしまいました。

しかし、見ていて思わず瞬間湯沸かし器と化すような、大幅に
間違った認識や上から目線はなく、非常にリスペクトを持って
日本文化を調べた形跡がそこかしこに。(時代考証は幸い、
わたしもわからないことだらけ、ということもあり)

監督のコメンタリーも聞いてみましたが、日本人以外の観客への
日本文化の説明がもしかして一番面白かったかも!
(‥‥あ、忍者に関しては。。もうしょうがないかと 笑)

でもね。

どこの藩だ。話はそれからだ。という感じでしたね。

つまり、渡辺謙さん演じるラストサムライの元々の、つまり
徳川の時代の肩書きが、全くわからない。

どこの藩の、どんな肩書きの侍で、天皇との関係は?

つまり。。侍としての彼の忠義は、誰に捧げられたものであるのか。
それが全くわかりませんでした。
わたしにとっては「武士」というものを定義する一番重要な
部分が、スッコーンと抜けている感じ、というのか。

「武士道」の誇りや名誉、そのために選ぶ死。。そういったことが
ずいぶん描かれている映画でしたが、侍の名誉とは、絶対的な
存在、「お上」が基準としてあってのものではないのかと。

この映画で描かれているよりもずーっと狭くてずーっと小さな、
しかし絶対な何かのために死んでいくものだったと思うのです、
武士とは。
伊達に日本語では「政府」と「神」が同じコトバなわけじゃない。

「誰に忠義を尽くすのか」という、侍の本質をぼやかしておいて、
何が侍かと。

ましてや、明治維新の混乱を描く物語なのであれば「どこの藩で、
誰に忠誠を尽くしているか」はますます大切です。

長らく「上と下」と「内と外」という概念で整理してきた社会、
その「上下」が揺らぎ「内外」が混乱した、というのが幕末から
明治維新の混乱の源だと思うのです。

故にこの時代を描く時に、敵対する日本人がそれぞれどこの
国の出であるか、は恐ろしく重要です。
「国」といっても、もちろん「日本」ではありません。
感覚として「日本」という「国家」の単位で考える以前に、
この時代の人々はまだまだ「自分の生まれ育った藩」という
単位で考えたのではないでしょうか、それも侍ならば尚更。

明治維新の混乱を「古い体制が崩壊し、西洋に向けて開放せざるを
得なかった国の混乱」としか捉えていないところに、この映画の
ズレがある気がします。

いまだ一つの国家となり得ていない人々を描いているのに、その
分裂の本質をすっ飛ばして十把一絡げにして「日本」という枠に
はめ込み、それを強引に「対西洋」という構図でだけ描いた、と
いう感じでしょうか。

象徴的なのが、ラストサムライとその民が住む村の描き方ですね。
漠然とした「日本の懐かしき山里」を描こうとしたという
気がしてならないのですが、それではどこにもならないのでは
ないでしょうか。
そもそも、木が違う。地形も違う。田畑も違う。庭も違う。。。
これでは日本になりようがないです。

‥‥こうやって考えると、細かいところがどんどん気になってくる!

やっぱりあの村は変でしょう!

建築とかは多分よく調べてあるような感じでしたが、幾ら冬の間
隔離される環境にするためとはいえ、あんな山の上に村。。
あれじゃ稲作、無理ですよね。まぁるい田んぼが出てきましたが、
水はどうやって引いてるのー!稲作文化をなめんなよー!畑よりも
何よりも、とにかく米!それがニッポン!

それに、お侍さんたちが武術全般の鍛錬しているところがたくさん
出てきましたが、やっぱり日本人の場合、ちゃんとした「道場」を
つくりませんかね。精神の鍛錬の場としてもね。原っぱで鍛錬されても
何だかちょっと「野蛮人」的に思ってしまいました。武術ってもっと
神聖なものではなかったかと。。

‥‥てか、出家してから戦ですかー!
「ラストサムライ」なのにまげを結ってないって残念すぎるー!

うーんキリがありません。すみません今更。

監督のコメンタリーを聞いて確信しましたが、監督は日本人同士の
日本語の芝居に本当に興味がない感じでした。
渡辺謙さんVS小雪さんの場面でさえ、芝居がめろめろ。。
アメリカ人が関わる芝居には力が入っているのがわかるので、
そこは本当に残念です。

ちなみに、好きな役者が5人出ています。
まず、ティモシー・スポール!素晴らしい小物っぷり!本当に
匂いまで伝わるような、ギラッとしたいい芝居します、この人は。

渡辺謙さんはね、英語での芝居が多くて残念でした。
見ていてもどかしいです。芝居というものは(そして歌も)母語で
すべきだとわたしは固く信じています。

中村七之助さんもわたし大好きなのですが。。高貴な役がはまる
役者ですねー。

真田広之さんが本当に凄いです。刀を持てば、そこに何人、何十人、
何百人映っていても、とにかくあまりに美しいので、すぐに
目がそこに吸い寄せられます。動きや佇まいに現れる肉体の説得力って
もしかしたら何よりも大切かも。。と最近よく思うわたしです。

そして、池松壮亮くん。見た人なら絶対に覚えているだろう、
あの子役です。実は彼が目当てで見た『ラストサムライ』でした。

‥‥うっわー。何じゃこりゃー!うっまーい‥‥‥‥

最終的には疑問ばかりが残った映画ですが、この演技を見れただけ
でも価値がある、と思ってしまいました。うまいなぁ。



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# 芸術の秋!
更新が滞っておりますが。

サボっているのではなく。

滞っているのは更新ではなく、わたしです。
インプットとアウトプットのバランスが難しいです、
フリーランスという形態で表現を生業としていると。

そんな状態でも、時間は容赦なくどんどん過ぎていくので
「この機会を逃したら最後、いつまた出逢えるかわからない!」
なものたちと出逢うために(インプット過多にあっぷあっぷに
なりながらも)どんどん出かけた秋です。

上野の国立博物館の平成館に飾られていた若冲さんには
5回、逢いに行きました。

滋賀で現在も開催中の、その名も「若冲ワンダーランド」
という展覧会にも、夜行バスで出かけました。

1泊した翌日には、青蓮院門跡へ。
お寺の創建以来初という「青不動さま」ご開帳へ。
「1000年に1度」に相応しいお願いごともしてきました。

東福寺にある重森三玲デザインのお庭や、
智積院にある国宝「櫻図」にも逢いに行きました。

紅葉には少し早かったのが残念だったけれど、
夜間拝観が各神社仏閣で開催されており
一粒で二度おいしい秋の京都でした。

こうやって書くと、実に充実した秋ですね。

写真も撮ってきたので、少しずつアップしたいと思います。




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# 極私的『THIS IS IT』
友人のおすすめに従って IMAX のスクリーンの劇場まで
『THIS IS IT』を見に行きました。

わたしはずっと「マイケル・ジャクソンは死んだ」と思っていました。
もうとうの昔に。
しかし、あの肉体は。あのダンスは。あの歌は。あのパフォーマンスは。
不世出の天才。空前にして絶後。お見それしました。

そして、以前このブログでも書いた「THIS IS IT」の二重の意味に
ついては。
改めて見てみると、タイトル発表の記者会見の際に
「the final curtaincall」と言い放っています。
「これが最後のカーテンコール」と。満面の笑みで。
やっぱり、これを最後の舞台とするつもりだったのですね。
その舞台にさえ上がれないと、彼は思いもしなかったろうけれど。

しかしわたしの感想は、「身につまされる」この一言に尽きます。
2つの次元で。

わたしはこれまでずっと演劇をつくってきて、ほんの数回ですが
「いま天変地異が起きたりして、こんなに素晴らしい舞台をお客さまに
見せられない、なんていう事態になったらどうしよう」ととてつもない
不安に襲われた経験があります。

つまり、そんな心配をしたくなるほど手応えのある舞台だったということ。
どうしてもお客さまに観てほしい!という気持ちが強烈だったということ。

(実はその恐ろしい予感がほぼ的中してしまったこともあります。一本だけ)

つくり上げる過程、その中で得られるものや出逢いたち__そういうものも
もちろん素晴らしいけれども、やはり「舞台に上がる」ことが全てだと
思うのです。
舞台に上がり、明かりに浮かび上がる一瞬を__永遠の一瞬を__生きる
ことが、全てだと思うのです。
ライブ・パフォーマンスをつくる人間は、本当にそのためだけに
そこに至るまでの全てを、生きているのだと。

だからね、本当に__スクリーンに映った全ての人々にその初日が
来なかった、という事実を思うと、本当に本当に身を裂かれる想いがします。

マイケルと共演できる喜びに涙を浮かべていたダンサーたちも。
「このコンサートのために開発した」と誇らしげだった衣裳さんも。
「盗むんだ♪」って嬉しそうだったミュージシャンさんも。
スクリーンに映っていた一人残らず。
もちろん誰より。世界中からの好奇のまなざしにさらされながらも
この日のためにあの肉体をキープし続けていたマイケル。。

あぁ本当に。
この舞台に、立たせてあげたかった。。。
うぅ。涙が止まりません。。

「身につまされる」その2は。。

共同演出のオルテガさん。。。うわータイヘン!!!

「全ての中心にいるカリスマの意のままに現場を動かす責任者」という
彼の仕事は、わたしが14年近くやり続けた仕事といわば同じわけで。。
わたしはもう彼の立場がわかりすぎてわかりすぎてわかりすぎて!

しかもこの場合、「全ての中心にいるカリスマ」が舞台の中心に立っても
いるわけで。

なんというか。言い方は悪いですが。

タイヘンさ、というか、面倒臭さ、というか。。が、100倍増し!

演劇の場合、というかわたしがやってきたような演劇の場合は、
全てが「物語のため」のしもべになる。

しかし、この場合、全てが「マイケルのため」になるのね!!!
うわー。わたしにはつとまりません絶対に。

とはいえ、当のマイケルがもうあれだけ悲壮な覚悟で闘っているの
だから、そりゃあ周りは全身全霊でサポートしたくなると思います。
わたしだって、あの場にいたら捨て身でマイケルをサポートした
と思います。

それはそう。それはそうなのだけど。。。
やっぱりどう考えても、マイケルは面倒くさい人になっているな〜と
感じてしまいました。

世界一の天才で世界一の努力家が世界一のプレッシャーと闘っている
のだから、当たり前だと思うし当然だと思うけど。。やっぱり
周りは大変だなー、と。。。

わたしは似た仕事をしていたし、字幕に頼る必要もないので、もう
ヒシヒシと、オルテガ氏が忍の一字で現場を動かしているのが
理解できてしまい、もう涙が出てきてしまいました。

マイケルがギャーッとなっても全てに真摯に「うんうん」って聞いて
「こちらで何か出来ることある?」と前向きに 返すあの返し方。。
わたし、世界一オルテガ氏の忍耐に身につまされた自信アリマス(泣)

マイケルはあれだけ業界が長いのに、もうまるで子供のように、
人を動かすことが下手なんですよね。
演出という仕事は、人に動いていただくことで初めて作品が実現する。
だから演出する立場にいる人間は実に「人にものを頼む」のがうまい。
波風を立てない文句の言い方や、人を持ち上げて頼み事をする技術が
イヤでも身に付いてしまう。

しかし、マイケルは一切、そういうカードを持っていないんです。
不器用な、まるで 子供のような人。
しかし、あの才能とひたむきな自分への厳しさによって、今までずっと
人が付いてきたのでしょう。凄いことだと思います。何だかいじらしい。

‥‥とはいえ。
周りはタイヘン。本当に、タイヘン。

あ、でも、マイケルの「こだわり」は全然普通だと思ってしまいました。

「細かいこだわり」的な感想をずいぶん目にしてから見たのですが、
全然ですよ〜観客の皆さん!演劇やミュージカルの方がもっともっと
細かくつくってますよ〜(もちろん、映画に映っていたのはごくごく
一部だと思いますが)

しかし、全ての正解が本当にマイケルの感性の中にしかないし、
しかも マイケルにはその自覚が全くないので
(「どうしてわかんないかな」っていう苛立ちが滲んだりしていたぞ〜)
マイケルに全て立ち会ってもらう 必要がある感じだなぁ。。タイヘン。

「タイヘンだぁ」と思いつつ、そこに展開しているのはわたしが
永年身を置いてきた世界で。初日前に吸ってきた空気で。
そりゃあレベルが高いし大がかりだけど。。「初日前」にやってる
ことなんてどこも同じなんだな、と何だか親近感を感じました。
(特に、マイケルのスピーチ!一言一句、使ったことのある言葉ばかり
でしたよ〜。初日前や、初日後のスピーチで。マイケルほどの人でも
ああいった場面で言うことは同じなんだなー、と)

舞台の上で生きることでしか、報われない。
その生き方を選んだ同志として、身につまされる体験でした。

全ての、舞台に立つべき人々、舞台にのせるべく生きている人々が、
その時間が。。舞台の上で報われますように。合掌。



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# 会いに行ってしまいました。




NHKへ、『新・三銃士』の主人公たちに会いに!

実物はテレビで見るより、小柄だけど
男っぽい印象でした(笑)


主題歌のライブも聴きました。
わたしの中に流れてもいないスペインの血が
ざわざわ騒いでしまいました!

(写真、撮ってOKだったのでたくさん撮ってきました!
クリックすると大きな画像が見られます)



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# 『新・三銃士』!
思わずタイトルに感嘆符をつけてしまう、『新選組!』ファンの
わたし(歴史上の新選組も大好きですが大河も好きでした)

その『新選組!』でやってくれちゃった三谷幸喜氏がホンを書いた
『新・三銃士』が始まりました!

いやぁ面白いです。懐かしきNHK人形劇がこんな形で復活する
なんて、何て粋なんだろう!50周年万歳!!!

出演者7人で全ての役を演じきるという伝統のスタイル、
全編プレスコという手間の掛け方。。
それにまぁ画が素晴らしいです。小道具を含めた背景、照明、
カメラアングル__物凄く王道の血わき肉おどる冒険活劇、
ここにあり♪という感じ。
「物凄く王道」っていうのはこの場合、最高の褒め言葉です。
重厚でカラフルで、楽しくてきれいで、面白くてドキドキする!
いいなぁ。楽しいなぁ。

しかし、「王道」とはいえ、そこは三谷さん。台詞のユーモアは
さすがです。ただ、『新選組!』の時もあのユーモアを活かしきれて
いないなぁと残念に思うことがしばしばありましたが、今回もまだ
ユーモアを息づかせるには至っていない気がします。ただそこはやはり
一座7人のチームワークでどんどん研ぎ澄ましていってくれるのでは
ないでしょうか。人形操作を始めとする演出の部分も、役者の間合いを
尊重する、という意味でプレスコなのでしょうし!

三谷さんも仰っていますが、普通の映像であれば、小道具が一つ
ほしければ買ったり借りたりするわけです。それが、人形劇では
一つ一つ全て作っている__三谷さんは「正座して見てください」と
仰っていますが、その辺りを肝に銘じて見ていると、本当に手間ひま
かけて作られているのがよぉ〜くわかります。やはり、手間をかけて
作られたものは面白いな、とわたしは思います。

それとね、表情がないはずの人形なのに、本当に表情が豊かなんです。
2話の今日、登場したトレヴィルなんて普段はふさふさ眉毛で見えない
目が、重要な時だけ眉毛が動いて目がキラーーーン!って光ったり
する。で、照明が本当に「キラーーーン!」って目に入っていて、
それはそれはお見事です。

でも、そうやって物理的に顔のパーツが動くから、ということより
役者の演技と、それを感じながらの人形操作が素晴らしいのだと
思います。主人公ダルタニアンが考え事しながら振り向くところなんて
人間の役者でもなかなかできない!ってくらい素晴らしい「顔を
残しつつの振り向き」でした。その辺りの演技の細かさが本当に
素晴らしい!

『新選組!』で三谷さんが描いた男たちの友情の群像劇に
男泣きに泣いた(?)ワタシとしては、
「一人はみんなのために
 みんなは一人のために」
の物語を三谷さんがどう紡いでいくか__
うーん本当に楽しみっ♪♪♪



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# 1000年‥‥!
ぎゃあ‥‥!

ふとしたことで、今日知ったのです。

京都の青蓮院門跡の国宝=青不動明王のご開帳!!!
9月から始まっていたというのに、全く知りませんでした。

aohudou

2年半前の京都旅行でふと立ち寄った青蓮院門跡。
その際に出逢った青不動の複製画に、身動きも取れないほど
引き込まれたのでした。

「デ、デビルマンよりすげぇ‥‥!!!」
(この発言に失笑した方、どうか原作の『デビルマン』を読んでください。
時代への、世界への、あれは渾身の警鐘‥‥!素晴らしいのです)

ひとけの途絶えたお庭の奥のお堂で、そのまなざしに静かに、
しかし息の根を止められるほどに射すくめられた瞬間が忘れられない。
本当にめらめらと炎が立ち上るような気迫。

息を呑みました。

この秘仏に、どうやったら逢えるのだろう。
空しくも真剣に考えました。2年半前の、春の京都でのこと。

ああ、本当にこの時代に生まれて良かった。
青不動さまに逢える。青不動さまに逢いに行こう。

何と云っても。。。
1000年の年月で初めてのご開帳なのだそうです。
考えられない。
1000年ですよ?
見ないでどうするの。




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# 若冲の秋2回め〜世界と向き合う。
上野の国立博物館平成館で開催中の『皇室の名宝』展
開催3日めにして2回め行ってきました。
わたしの最愛のひと、京都の絵師=伊藤若冲の作品をわたしと
観たいという酔狂な友人の予定に合わせて、またまた上野へ。
6枚も買った前売り券、早くも3枚消費!

若冲がその筆を通して描き込み吹き込み刻み込んだ命たちが
わんわんと賑やかな『動植綵絵』の展示室で、想像と感覚の翼を
のびのび羽ばたかせ震わせて、楽しく遊び戯れて2時間半。

若冲の彩色画、特に鶏の絵などは「リアル」とよく称されますが
実は骨格や筋肉などは現実からは程遠く、相当デフォルメされて
いるのだそうです。
そして実際「鶏ってこんなポーズ取るもの?取らないよねぇ。。」
と問わずにいられない無理なポーズの多いこと。。
そして『動植綵絵』を飾る植物たちも、主役である動物たちを
引き立てるため、絶妙にデザイン化されたり様式化されたり
省略されたり。。非現実的としか言いようのない極端な構図も
大胆にぽんぽん取り入れられています。

それなのに見る人が若冲の描く世界を「リアル」と思うのは、
若冲の目にだけ見えていた世界がそこに、ありありと生々しく
描き出されているからでしょう。

「世界」というのはよく使われる言葉だけれども。
それってどういうことなのだろう、とふと考えてしまいました。

長くわたしが通訳を務めたイギリス人の演出家デヴィッド・
ルヴォーは物凄く頭の切れる人で、そして今でこそ本当によく
喋る人ですが(彼を知る人は絶対にここで笑っていると思う 笑)
幼い頃は言葉がとても遅い子供で、何と5歳になるまで喋れなかったの
だそうです。だから普通の人間は失ってしまう「自分が言葉を
覚えた過程の記憶」が残っているそうです。「言葉を覚える前は
世界は全部自分で、世界には自分しかいなかった。でも、
【テーブル】という言葉を覚えたら、そこには自分だけじゃなくて
テーブルもあるんだ、と分かって、どんどん孤独じゃなくなって
いった」という話、面白くて大好きな話でした。(彼は実に小話の
多い演出家で、それは芝居の役に立つ時も立たない時もあった 笑)

わたしは実は、逆でした。小さな頃から自分の中の考えや想いや
イメージに言葉を見つけることが大好きで得意で、ぴったりの
言葉が見つかるたびに、世界をひとつ獲得できたような感覚がした
ものです。今でも。

若冲はありのままの自然界と無心でふれあい睦み合い、そこから
色々な大切なものたちを引き入れて、少しずつ自分だけの異世界を
築き上げていったんだろうなぁ。

若冲の手段はまなざしと呼吸とリズム感と筆。
わたしの手段は、今のところまなざしと言葉でしょうか。

若冲から、運命的なタイミングで素晴らしい宝ものをいただいた
ような気がします。

その「運命的なタイミング」に関しては。。いつかこのブログでも
語れるといいなぁ。



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# 最愛の人の初日に!
最愛の人の初日に、花束を抱えて駆けつけました。

‥‥といっても、舞台ではなく展覧会。
‥‥おまけに、200年近く前に亡くなっているひと。
‥‥だからまぁ、目に見えぬ花束なのですけれども。

上野の国立博物館平成館で始まった『皇室の名宝』展です。
わたしの最愛の人である絵師=伊藤若冲(じゃくちゅう)が10年かけて
描いた『動植綵絵』とい30幅の絵が一挙公開されているのです。

これはもう、大変なことなのです。次はいつ見られるか!

いろいろ説明したいことや語りたいことだらけなのですが
就寝時間を過ぎてしまったので次にたっぷりと。。

でも一言だけでいいから感想が書きたいっ!!!

‥‥もうね、生命の宴のようなのですよ。
若冲がその猛烈な筆を通して吹き込んだ命が、静かな展示室に
こだまするような。2、3枚見ただけで息が切れます。
あまりに濃密で、あまりに強烈で、あまりに気迫に満ち、
それでいて可愛らしいユーモアに満ちていて。

浴びたい。今月は若冲を浴びたい。

でも今のところは、おやすみなさい。



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# 芸術の秋 〜その1〜「イタリア美術とナポレオン展」
botticelli

用事があって行った八重洲で、思いがけないポスターを発見!
春の京都旅行で行こうと思って結局行けなかった展覧会を
大丸ミュージアムで開催中だったのでした。

『イタリア美術とナポレオン展』
目玉はボッティチェッリの『聖母子と天使』 。

ボッティチェッリ20代前半の筆になる絵は、彼の特長とも言える
女性的な色遣い、表情や輪郭のまろやかさ、衣服のひだや透明感、
縫い取りなどのディテールの繊細さ優美さがすでに随所に見られて、
とても贅沢な気持ちになりました。

フィレンツェのウフィツィ美術館で会えた彼の『ヴィーナス誕生』は
世界で一番好きな絵のひとつです。
中世というトンネルを抜けた先、燦々と輝くしなやかなる生命讃歌!
venus

ベルニーニの絵もあったことに驚き。
彫刻と建築が有名で、絵で有名な人では決してないのですが、ローマの
ボルゲーゼ美術館で見たハンサムでちゃめっ気のある、若き日の自画像が
物凄く印象に残っています↓

selfportrait

今日の絵、タイトルは「ダヴィデ」となっていて手にはちゃんと
パチンコを持っているのですが(同じモティーフの彫刻が彼の代表作)
何しろ顔が自画像と瓜二つなので名前だけでなく顔を見て
すぐにベルニーニとわかったという(笑)
やっぱりベルニーニ、洒落のわかる男!大好き。

(この人の彫刻はスケベそうなところがたまらなく好き♪見てくださいよコレ!
コレもボルゲーゼで会えます。これは二十歳そこそこの作品で、父親との共作。
親子でどんだけ女好き談義しながらつくったのかと!!!)
pluto


もうひとつ印象に残ったのはナポレオンのデスマスクでしょうか。
すぐ隣に飾られた輝かしい戴冠式の肖像画から、たった15年後。
顔立ちや頭の形(笑)は変わらないのに、「死後である」というだけ
では説明のつかない、落ちくぼんだ頬が痛々しい。

その流れで、今日のコレクションの元々の持ち主であったナポレオンの
叔父(枢機卿だったそうです)の肖像画に描かれた肘掛け椅子が
現存している、という解説も興味深かったです。今では、あの絵に
描かれたような金ぴかではないのだろうなぁ。

記録する美術の残酷さ。そして不思議。


薛 珠麗(せつ しゅれい)
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