___evidence*___薛珠麗's BLOG

薛 珠麗(せつ しゅれい)のブログ
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# イマジネーション新時代 〜終わりか、始まりか。
映画というものを、わたしはそれほど好きではありません。
以前にもこのブログに書きましたが、見るのは年に数えるほど。
じゃあレンタルするのかといえば、それもあまり。

ましてや『アバター』なんて、 滅多に見ない「ハリウッド大作」だし
「3Dなんてチカチカしてきれいに見えないし気持ちが悪くなるだけ」
「人間と異星人の遺伝子を掛け合わせたなんて気持ちが悪い」という
理由で、お金もらったって見ようとは思いませんでした。

でも、公開から1か月経ったくらいからあまりに色々な人が__中には
かなり意外な人が__「面白い」と絶賛するし、思えばこれほど
「映画館で見ないと意味がない」映画もなかなかないかな、と思い直し
映画館へ出かけました。

いや、でも、めっちゃくちゃ面白かったです『アバター』!

わたしにとっては、映画も演劇も、要するに「疑似体験」であることが
大切なのだといつも思っています。
現実とは違う世界に遊んで想像の羽根を羽ばたかせ、現実に戻った時には
自分の世界との向き合い方が一つ豊かになっている__それが最高だと。

『アバター』はそれこそ「疑似体験」。

3Dによって奥行きを与えられた、徹底して作り込まれた壮大な世界。
その中にすっぽり取り込まれ、物語を我がことのように生きる3時間近い
錯覚の時間。本当に本当の「疑似体験」。
ここが地球だということも、自分がちょっと高いところから飛び降りただけで
大怪我したり死んだりするような身体能力しか持ち合わせていないことも、
何だか忘れてしまいそうな時間。

怪しんでいた3Dも、わたしはストレスゼロでした。メガネは邪魔ですが
画面はきれいで自然で違和感ゼロ。目を驚かすためだけに色んなものを
飛び出させるような画を追求しないところ、さじ加減も巧いというか、
「飛び出す」より「奥行き」と「浮遊感」の方に使っているというのは
あっぱれ、大成功だと思ったのです。

でも、見ていてずっと気になっていたのは
「この映画に今どれだけの本物が映っているのだろう」
ということでした。

エンドクレジットを見ていて、ナヴィ族のヒロインには黒人の女優が
キャスティングされ、ニュージーランドでロケが行われていることに、
小さな衝撃を受けました。

この場合、何をして「演じる」ということとしているのだろう。
モーションキャプチャーと声?
ニュージーランドでは何を撮ったの?あのジャングルのどれくらいが
本物なの?

全てがまるで本物にしか見えない、ヴァーチャルな世界。
全てが本物に見える為には、偽物で画面を埋め尽くし、
本物すらも偽で加工する。
そうしないと、本物には見えないから。

映画はこれからどこに行くんでしょう。

わたしが映画をそれほど好きじゃない理由の一つに「カメラが(つまり監督が)
勝手に視界を切り取るから」ということがあります。
舞台であれば、自分の好きに自由にフレームを切り、カメラを動かし、
アップにできるのに、映画では、物語のどこを見るべきか、をあらかじめ
決めてあります。

『アバター』を見て思ったのが、3Dの場合それはもっと顕著なんですね。
わたしは何度も「見たいものが見えない」というストレスを感じました。
見せたいものにピントを合わせてあるから、時に、その手前を見ようと
思ってもピントが合わない!わたしの体は律儀にも、合わないピントを
必死に合わせようとしてくれるので、何度も無意識に体が動いてしまったり
ちょっとクラッときたりしたのでした。

こんなスゴイ映画が作れるようになっちゃったからこそ、もう
「ナマの人間こそが最高のスペクタクル」な日がくるしかないんじゃない
でしょうか。
‥‥そう自分に言い聞かせないではやっていられない、というのが正確なところ
かもしれません。

自分がイマジネーションを使わなくても、視覚的に全てを提供してくれる。
3Dメガネをかけてパンドラの森を、空を、手に汗握って飛び回るわたしは、
咀嚼の必要もないほどミキサーで切り刻まれたイマジネーションを
寝転んだまま口に流し込まれているブロイラーのよう。

イマジネーションのブロイラーになりながらしかし、色々と考えました。

この映画、世界興行収入の新記録を最速で打ち立てたということですが。。
アメリカ国民はどう受けとめているんでしょうねぇ。

ストーリー的には、まるで台本をコピーしたのかっ!ってくらい
『ラストサムライ』でした(笑)

それはつまり、アメリカの対ネイティブアメリカンへの罪悪感の投影、
ということ。
『ラストサムライ』では日本に置き換えていたけれど(そしてその置き換えは
とても見当違いだったけれど)『アバター』はもう、そのものズバリ。

しかも『アバター』は「過去の罪悪感」だけではなく、
「アメリカが今やっていることへの皮肉めいた批判」で満ち満ちています。

『アバター』は賢いことに「アメリカ」とは多分一回も言っていませんが
「かつて学校を開いて原住民に英語を教えていた」だとか
「原住民たちはハンバーガーもジーンズもほしがっていない」という台詞が
ある辺りが、アメリカが世界各地で曝してきた幼稚__自分たちの価値観を
誰にでも押しつける頑迷__をズバリ指摘していると思うのです。

しかも、惑星パンドラの豊かな自然と文化とその融合を粉砕する勢力が、
この映画では「どこぞの政府」ですらない。
高価な鉱物への欲と、そこで動く莫大な金に踊らされる科学力と武力。
それだけ。
オイルマネーが狂わせた中東情勢や、戦争にすら企業が参入する国
アメリカへの、これが皮肉でなくて何でしょう。

‥‥と同時に、さすがに主人公たちに「アメリカの敵国に寝返って
星条旗に武器を向ける」という行為はさせられなかっただけ、
とも言えますが。これは『ラストサムライ』の時にも感じましたが。
こればっかりは、アメリカ映画として絶対に超えられないライン、という
ことなのでしょう。

キャメロン監督はつまり、逃げ道を残しつつも、アメリカの歴史と
価値観と今まさに世界でやっている行為、ひいては肥大した資本主義が
資本主義的でない豊かなものをなぎ倒してゆく現代の人間の社会という
ものを、徹底的に皮肉って、そして批判していると思うのです。

映画館につめかける現代アメリカの市民たちは、この辺どういうふうに
認識しているのでしょうねぇ。とても興味があります。

無知であればあるほど、冒険物語としてただただ楽しく見られる。
アメリカの罪についてしっかり考えていればいるほど、寓話として色々と
考えさせられる。
そういうエンターテインメントだから、もしアメリカで高い支持を得ている
というのが本当だとするならば。。それは、無知な人がよっぽど多いか、
しっかりモノを考えている人がよっぽど多いか。。 どちらかなのです。
後者だといいなぁ。
(もしくは、自分は無関係だと考える層が多い。。というのも、大いに
あり得ます)

やっぱり、州ごとにこの映画の受け取られ方が違ったりするとか?
社会的な階級による違い、人種による違い、教育レベルによる違いは
絶対にあるだろうなぁ。あ、銃規制法への考え方も関係してきそう!

『アバター』への意見と支持政党の相関の統計でもとったら、絶対に
面白い結果が出そう。

ざっと検索したら、やっぱり「左派映画」と保守層からは大バッシングな
ようです。うーん何だか痛快。

じゃあジェームズ・キャメロン監督本人の支持政党は?と気になるわけですが、
彼は何とカナダ人なのだそうです。なるほど。納得。 ずるいなー。
保守派批評家たちの「非アメリカ的」という批判(アメリカでは「反アメリカ」
どころか「非アメリカ的」すらも「批判」になり得るのだそうです。。)に
対しては監督、「文明そのものへの警鐘である」という感じの、当たり障りない
返答をしているようです。

‥‥うん、やっぱり、ずるい!


純度100%のエンターテインメントでありながら、『アバター』は見る者を
試す映画でもあると思いました。

ミキサーで砕いた流動食のようなイマジネーションをただただ摂取して
ぶくぶく肥満していくだけになるか。
パンドラの原始の森に散りばめられた未来へのヒントに、どれだけ気づけるか。



薛珠麗(せつ しゅれい)
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