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薛 珠麗(せつ しゅれい)のブログ
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# 「英語で読むミュージカル」の「根っこ」その1。
5年ほど前。

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの次期芸術監督の演出家アシスタントを
務めた時、ある出演者に「どうして珠麗さんは海外に行かないんですか」と
聞かれたことがある。

彼は初舞台を演劇の都で踏んだという経歴の持ち主であり、かつ当時は語学留学から
帰国した直後でもあったので(バレバレですね、スミマセン)海外への情熱が
身体を突き破って出てきそうな状態。

芝居と英語を仕事にし、海外演劇人との交流もある(だろうと人には思われる)
わたしに「海外生活の経験がない」「【海外進出】という願望もない」と知ると
前のめりに不思議がって、しきりに「なぜ」と、なかなか納得してもらえなかった。

同様の質問をされることは昔から非常に多い。

演劇人の海外研修制度が盛んになり始めた頃などは特に、海外演劇とこれといった
縁がないような人でも、どんどんロンドンへ旅立って行った。
わたしは当時英国人演劇人とゆかりが深かったtptにいたので、そういった
人たちのための推薦状をアレンジしてあげるのが日常の業務の一部と化していた。

わたしの場合、当然ながら言葉の壁はないわけで、「だったら何故行かないの?」と
その壁をよじ登ってでも海外研修にチャレンジする人にしてみれば、不思議に
思われるのだろう。当然である。

「こちらが行かなくても、わたしが出会いたい演劇人が向こうから来てくれるんです」
と、わたしはいつもそう答えるようにしていた。

演劇好きな大学生だった頃わたしには「神にも等しいカリスマ」が4人いたが、
のちにその全員と仕事をするようになったわたしがこう言うと、皆さんそれ以上は
追求してこなくなる。

でも、この時の彼は違った。追求をやめなかった。

自分でも「思えば、海外に出ることに全く興味がないのは何故だろう」と不思議に
なり、自分の中を探しながら彼にした説明は、自分でも納得できるものでは
なかったし、彼も1ミリも説得されず、結局「俺なら絶対行くけどなぁ」という
内容の彼の言葉でその話題は終わったのだった。

以来、何と5年間。
ずーっと考え続けてきた。

間には、何と「こちらに来て仕事をしないか」と海外で働くお誘いまで、実は
いただいたのだ。
それはお断りしたのだが、お断りするにも「これ」という答えがみつからないまま。

震災があったり、父が急死したりと、気持ちの面で「日本を離れられない」という
理由も新たにできたが、そうなるとますます、外的要因でない、自分の芯にある
理由が知りたくなる。

そうして、今年の夏やっと、わかったのだ。

ロンドンやニューヨークの観客に、わたしは興味がないのである。
そりゃあ、ブロードウェイの舞台を観に行くと、観客がノリノリで反応がいい。
彼らを相手に舞台を創るのはきっとめちゃくちゃ楽しいのだろう。

だが、それよりもっとずっと根本的な意味で。
アメリカやイギリスの大衆が何を考えているか、(自分のこととしては)知らないし
(自分のこととしては)興味がない。

語りかけたい人のいないところで、何が芝居だ。

いやもっと言えば、アメリカやイギリスの演劇人たちが表現している数々の
主題も、わたしには「自分のこととして」感じられない、ということになる。

伝えたい声と繋がれないところで、何が芝居だ。

生まれた瞬間に国と文化と言語の坩堝の中に放り込まれて、その坩堝の中で
泳ぐように生きてきて。
物理的には日本で生まれ日本で育ち日本で生きてきたが、世界の全てを、
あらゆる文化を、徹頭徹尾「外から」眺めてきた気がする。

もちろん、日本も。

そのまなざしで、わたしは日本を、日本人を、愛しているのだなぁ。と感じる。

日本にしかない美徳。
日本にしかない窮屈。
日本にしかない頑迷。
日本にしかない自由。
日本にしかない豊穣。
日本にしかない倒錯。
日本にしかない低俗。

今ここで思いつかないたくさんを含めた、ありとあらゆる。

日本にしかないしょーもなさを、わたしは愛する。

非人間的にデフォルメされた人物がバカバカしい設定で活躍する連ドラとか。
「考えることを知らなそうなロリ顔」と「巨乳」で人気のテレビタレントとか。
「この人のことを軽んじることが今日の流行り」という約束事の元に盛り上がる
バラエティ番組とか。
眉をひそめたくなる「不謹慎な」言動をした人間を、被害を被ってさえいない
人たちが寄ってたかって非難して吊るし上げる風潮とか。
(あまり理解されていないと思うが、以上はかーなーり日本ならではな傾向である)

例えばこういったしょーもない大衆文化(別にテレビやマスコミ等を悪く言いたい
わけではない、あくまで例だ)に密かに表出する「日本にしかない苦しみ」を、
わたしは愛する。

多分わたしは、日本人がもっと幸せになるために何かがしたい、のだと思う。

当然そこには「演劇には世界を変えるチカラがある」という大前提がある。
(わたし個人に何ができるか何かできるのかはもちろん別である)

もちろん「西洋化」「欧米化」するべきだ、というのではない、それはもう、
これっぽっちもない。(あの人たちはあの人たちで大変な問題が山積みだ)

ただ「日本以外の世界」という背景幕の前に「日本」が立つのを見た時に、初めて
広がる「視野」、生まれる「気づき」があると、絶対的に信じている。

その手伝いを、わたしはしたい。

だからわたしは海外には渡らない、興味もない。

「英語で読むミュージカル」というテーマでお勉強会を開催する根っこも、
実はそこにある。



‥‥と、さすがにこれは飛躍しすぎたか。


この続きは、後日。




薛 珠麗(せつ しゅれい Shurei Sit)
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