___evidence*___薛珠麗's BLOG

薛 珠麗(せつ しゅれい)のブログ
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# ツーヤク脳 その4
「ツーヤク脳」 その1 その2 その3

‥‥いやー。語る語る。笑

まぁ17年前からずっと自分の真ん中にあった仕事をやめたわけだし
自分のブログなんだから、いいですよね?ね?

「ツーヤク脳」1も2も3も、「演劇通訳を目指す」という奇特かつ勇敢な
御仁(仮にいたとして、だが)がこの職業を目指す上で読んだとしても、
ちっとも‥‥もう、これっぽっちもっっっ!役に立たないのでは‥‥と自分で
読み返して思った。

もっと客観的に冷静に、「通訳」という立場を割り切った演劇通訳の方だって
世の中にはたくさんいると思う。それはもう、各自の「演劇」との、
「言葉」との、「自分」との、向き合い方の違いなのかも知れない。

「なのかも知れない」というわたしにしては曖昧な言葉を何故使ったかというと、
わたしが自分以外の演劇通訳をあまり‥‥いやほとんど知らないからだ。
それは仕事の性質上、ある程度は仕方のないこと。

それに、演劇を(或いは演劇も)やっている通訳さんでも、「演劇通訳」と
名乗る人はそれほど多くない。というよりわたしは、ほとんど思い浮かばない。

逆にわたしは所謂一般の通訳さんの仕事をアルバイト程度しかしたことがないし、
通訳としての資格を持っているわけでもないし、通訳の勉強をしたこともない。

では何故わたしが演劇通訳として「優秀」と言っていただくこともあったかと
言うと、それはもう「場数」の賜物、としか言いようがない。
主に活動してきたtptが、年間3本だの4本だのつくる集団だから、と
いうことが大きい。
社会に出た翌年から本格的に活動を開始したので、多分年齢にしてはキャリアが
長い、ということとの相乗効果で、とにかく作品数だけは凄い数だ。

ではその「場数」がない演劇通訳志望者が読んで、少しは役に立つかも知れない
ことを、書いてみようと思う。(無理かも知れないが‥‥)

よく「専門用語が大変なんでしょうね」と言われるが、それは実はそうでもない。
基本的に「人間」の周りでしか物事が存在しないし動かないので、大抵のことは
シロウト(=通訳)が論理思考を駆使すれば理解できる。

わたしが駆け出しの頃は「とにかく新しい言葉に触れたら書き留めて」と
アドヴァイスされたが、わたしが修行していた時は演出家ではなく主に美術家
(つまりセットデザイナー)の通訳をしていたので、とにかくその場で理解できる
まで確認した。セット関連は、行き違いがあったら取り返しがつかない。何百万
何千万円かけたセットを、通訳の間違いのためにつくり直すことはできないのだ。
技術畑の人は、言葉が通じなくても図面や専門用語や数字でコミュニケーションが
取れるので、最初の頃はその会話に耳を澄ませて言葉を覚えた。

「演出家の通訳がしたいから技術面の言葉は要らない」と思ったら大間違いで、
ちゃんとした演出家なら美術の発注ミーティングにも参加する。その舞台で
つくりたい世界における優先順位を一番わかっているのは演出家なので、作りや
機構の面から意見する場合だって大いにあるのだ。

「専門用語」での落とし穴は、むしろ基本の部分に多い。
舞台の世界では、いまだに「寸」「尺」「間」が単位として使われているのは
あまり知られていないと思う。イギリスだと「メートル」なので、いちいち
換算が必要だ。アメリカでは「インチ」「フィート」だが、これが不思議と
「1インチ」はほぼ「1寸」、「1フィート(本当は「1フットだが)」は
ほぼ「1尺」なので、大体の感じを伝えるだけならこれで充分。(ああ人体の
神秘!)

一番良く使う「舞台カミテ」「シモテ」などが実は一番の通訳泣かせ。
「舞台カミテ」、つまり客席から見て「舞台右手」は「stage left」。
「舞台シモテ」、つまり客席から見て「舞台左手」は「stage right」。
そう、逆なのである。

それと、日本語では袖から舞台に登場することを「出る」退場することを
「入る」と言うが、英語ではこれも逆だ。
日本語では舞台の前から奥に向かって移動することを「下がる」と言うが、
英語では「上がる」と言う。

他にも、例えば「ニーハイソックス」は膝上までの靴下だが、英語だとこれは
膝下までの丈となる。

英語で「tissue」とは「ティッシュペーパー」ではなく「薄紙」のことだ。
(いわゆる「ティッシュペーパー」は「kleenex」である。)

通訳の無知でそこを間違えると、なけなしの衣裳予算や小道具予算が目減りして
衣裳さんや演出部の皆さんにご迷惑をおかけすることになりかねないわけだ。

題材つまり戯曲によっては、舞台になっている国の宗教、歴史、政治、地理、
文化の知識が必要だし、演出家の出身国の宗教、歴史、政治、地理、文化、そして
一般常識の知識も必要だ。
もちろん、日本の宗教、歴史、地理、文化、そして一般常識の知識も、英語で
説明できるくらいに必要なのは言うまでもない。(あっ!政治の知識に関しては
「どうして日本の総理大臣は毎年変わるのか」の質問に答えられるようにして
おくことが最重要!)

何しろ日本と英米では「文化が」というよりも、そのベースとなる「世界観が」
まっっっっっったく違うので、人間の根本的な営みや思考や葛藤を扱う
演劇という畑で異文化同士を繋ぐ者として、その知識は幾らあっても足りない。

このブログでもかつて語った「責任」と「responsibility」の違いなどは一番の
例だ。問題が起きた時、日本では「責任を取る=代表して謝る」だが、
英語においては「問題を解決する」なのである。演劇という、時間の制約が
ある‥‥つまり初日という絶対のゴールに向けてものをつくる世界では、
このズレが大きな、非常に大きな問題となる。そこをどう繋ぐかも、通訳の
腕次第である。

また、演出家が稽古の際に引き合いに出したり例えに出す絵画や小説や映画や
演劇の古典名作の知識も必要だ。

わたしの経験からすると、案外必要がないのは、演劇の「◯◯論」的な知識
だろうか。ワークショップやレッスンや講演の通訳をするなら別だが、実際の
稽古で、その辺の知識が豊富にないと理解できないような演出家のつくる舞台が
面白いわけがない。幸いにわたしは、そんなつまらん演出家に当ったことは
一度もない(あったかも知れんが、忘れた!)し、演劇通訳志望の皆さんも
遭遇しないことを謹んでお祈りする。

しかし、演劇通訳にとって最も大切な知識は、何を隠そう「日本語」である。

わたしは戯曲翻訳もやっているが、あまりよく知らない人からは「英語の
専門家」と思われる。本当によくわかっていない人には「英語が出来て凄い」と
言われる。

それはね、実は、とんでもない勘違いである。

帰国子女だったり、わたしのようにインター出だったり、英文科だったり、
英文学でシェイクスピアを学んでいたり英米に留学していたりで、演劇通訳を
目指しているという奇特かつ勇敢な御仁が、もしいたら。

演劇通訳が母国語と同程度に英語が使えるというのは、それは、最低ラインという
もので。「出来て当然」「それが前提」というもので。

勉強すべきは、日本語である。

演劇通訳にしても戯曲翻訳にしても、主なアウトプットは、日本語なのだ。
演劇通訳も戯曲翻訳家も「英語の専門家」ではない。
むしろ「日本語の専門家」であるべきだとわたしは考える。

ちなみにわたしはインターナショナル・スクール出身で、日本の学校に通った
経験が一日もなく、日本語はわたしにとって「第一外国語」だった。
ので、中学3年の国語の教科書までしか、日本語は勉強できていない。
だから、恥ずかしながら、たとえば古典などの知識はゼロだ。
でも、みんな卒業後は英米の大学に進学することしか頭にないような中で、
わたしは変わり者の「日本語おたく」だった。高校を卒業する時点で新聞を読める
クラスメートなど一人もいなかったが、わたしは中学生の時点で岩波文庫を読んで
いた。それも、小学生の頃「将来日本で暮らすとしたら、このままの日本語力では
この子は苦労する」と心配した母が、夏休みに漢字ドリルや書き順の勉強など
学校の日本語教育の不備を半ば無理矢理埋めてくれたおかげだ。実際わたしは
幼稚園から高校まで、いつもノートに日本語の詩やエッセイや、小説でみつけた
美しい言葉などを書き付けているような子供であった。

わたしに演劇通訳や戯曲翻訳の仕事が務まっているとしたら、それは英語力の
おかげではない。日本語を自分の道として、真剣に向き合ってきたからだ。

「日本語」を深めるにおいて、古典文学を勉強したりたくさん読書をしたり
言語学的に研究したり‥‥も重要かも知れないが、演劇通訳においては
「生きた言葉」が大切だ。

たとえば、初日を目前にして、不慮の事態が重なったり、あまりに大作であった
ためにまとめるのに予定外の時間がかかっていたとする。
たとえば、そのために、何十人の人が5日くらいほぼ不眠不休で、頑張ってくれて
いたとする。
各セクションから「初日には間に合わないだろう」と悲鳴のような声があがる。
そんな時に、演出家が、不眠不休で駆けずり回ってくれている何十人を集めて、
話がしたいと言ったとする。
どんなに不可能に思えても、キャストスタッフ全員が本当に一丸となって
「初日」というゴールを目指して、不可能を可能にしなくてはならないのだ。
しかも、初日は「開ければいい」というものではない。
完璧な舞台をつくって、願わくば、そこに集まった何百何千ものお客さまの心に、
死ぬまで抜けない楔を打ち込みたいのだ。
そんな時、わたしが演劇通訳として傍らに立ってきた、わたしの尊敬する
演出家たちは、彼らの歩んできた人生やつくってきた演劇の全てを込めた、
心と感謝と祈りの全てを込めた、言葉を、チーム全員に伝え手渡す。
疲労と焦りとパニックと恐怖と怒りで混乱した何十人の心に届けと、
真摯に言葉を紡ぎ出す。

その言葉を、通訳は担うのだ。

確実に、心に届きたい。確実に、心を動かしたい。
そんな気迫を伝えきる日本語を、通訳は持っていなければならないのだ。

戯曲においても、役者に演じてもらう段階においても、スタッフの皆さんに
舞台を実現してもらう段階においても。
そこにいるのは「人間」。それを動かすのは「心」。
心を動かせる言葉を演出家は持っていなくてはならないし、演劇通訳は
心を動かせる日本語を持っていなくてはならないわけだ。

わたしにそれが出来ていたかどうかは置いておいて、演劇通訳とは
そういう仕事だ。

しかしそれはつまり、「言葉」だけの問題ではない。

たとえば「裏方」と呼ばれる人々はどの国でもちょっと頑固なコテコテの
職人気質が多いとされる。
多くの場合演出家は外国人で男、通訳は日本人で女、そして裏方さんたちの
多くは日本人で男。
外国育ちやわたしのようなインター出の女性が最も苦手な「男尊女卑」
「縦社会」が日本演劇界の裏方さんの世界では厳然と存在する。
男同士の意地の張り合いになってしまった時に、後でこっそり「まぁまぁ」と
フォローする‥‥とか、男性を立てておだてて頭を下げて、無理なお願いを
聞いていただく‥‥といった日本式コミュニケーションが演劇の世界では
大活躍だ。「根回し」などは演劇通訳の時間外業務の最たる内容である。

ブロードウェイのアーティストをアテンドしたり、彼らと一緒に初日の
ロビーでシャンパンをいただいたり‥‥といった華やかな部分や、英語を
駆使してクリエイティブな活動をする‥‥といったイメージとは程遠い、
日本社会特有の「女性の立ち回り方」をするのが、実は演劇通訳の一番重要な
業務だったりするわけだ。


‥‥と、ここまで書いて‥‥ひょっとしてわたしは、せっかくこの大変な仕事を
志望してくれている人の夢や希望の芽を摘んでいるんじゃないか?という
気がしてきた。

‥‥とにかく、とっても大変ですが、やり甲斐だけは死ぬほどある仕事です。


‥‥え?「演劇通訳はどうやったらなれるんですか?」って?
それは自分で考えて探してください。

「どうすればなれるのかわからない」とか「わたし向いているでしょうか」とか
考えているようだったら、もう悩む必要はありません。
あなたは絶対、向いていないとわたしが断言いたしましょう。


「ツーヤク脳」シリーズ、また思いついて書くこともあるかもしれませんが、
とりあえずのところ、これで終了です。


色々書いて、だいぶ‥‥気が済みました。笑

いやータイヘンな仕事だ。

17年間、お疲れ、わたし。




薛 珠麗(せつ しゅれい Shurei Sit)
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| comments(3) | trackbacks(0) | 23:56 | category: PLAY |
コメント
く〜!すごい(*´∀`*)
さすが17年第一線でつっぱしってきたせつさんの
歴史と想いを感じさせる長文ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ
通訳業の辛さ、怖さ、面白さが溢れていますね( ^ω^)
訳すだけじゃなくて、気持ちを伝えるんですね

裏方さんとのやりとりも興味あります
お暇な時にルドルフでの稽古中や劇場での
裏方さんと演出家さんとのやりとりの話とか書いてもらいたいです
わがまま言ってごめんなさい (m´・ω・`)m

私も期末試験が終わったので、もうすぐです
| きゃんどる | 2012/07/17 4:43 PM |

きゃんどるさま

試験終わったのですね! (^^)

熱い感想、ありがとうございます♪

通訳には守秘義務がありますので、それはできないんですよ。

ご観劇されてお気に召した際はどうかご感想などお聞かせ
いただけたらと思います。
お待ちしております m(_ _)m

| 薛 珠麗 | 2012/07/18 12:43 AM |

ツイート経由でいまさらなコメントをのこさせていただく失礼をお許しくださいね。

なぜか涙がとまりません。
いろんなことの、あらゆるものを掌る何かに対する涙なのか、よくわかりませんが。

今私に言えるのは、珠麗さんの目指す瞬間、その作品を私が無事体験出来ますようにという自分勝手な祈りです。

読ませていただいてありがとうございました。
| 海衣 | 2014/06/10 5:22 PM |

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