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薛 珠麗(せつ しゅれい)のブログ
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# 初めてのパレード
鎌倉で、デモに参加した。生まれて初めて。

4月10日には日本中、世界中の色々な街で反原発のデモが行われたのだ。

しかし、鎌倉のそれは趣旨が少し柔らかで、「抗議する」「反対する」という
よりは、「原発のない未来を想像してみよう」「原発の要らない未来を
今日ここから始めよう」というもの。

集まったのは(未確認情報だが)500名ほど、と高円寺で行われた
1万5000人のデモには遠く及ばない。

わたしも最初は多くの知り合いや有名人がツイッターで参加を表明していた
高円寺のデモに参加しようと思ったのだが、地元神奈川県で開催される
のであれば、そちらに参加しようと決めたのだった。

結果的に、子供連れやサーファーなど地元の人ばかりの、「デモ」というより
「パレード」と呼ぶのが相応しいようなそれに参加することにして本当に
良かった、と今わたしは思っている。



わたしの原子力発電への考えをまず書こう。
原子力発電に対する知識は「持っている」とはとても言えない。
色々な考え方や色々な立場があるということは、原発事故の発生以来、
目にしてきたつもりだ。
しかし、震災から1か月が経つ今、考えをまとめるとするならば、やはり
「原発にはなくした方がいいのではないか」という考えにならざるを得ない。

まず、機械が故障しただけで危険が発生する。しかもその危険を取り除く
そのこと一つを行うためだけに、それをする人(及びその子孫)が命を
賭けたり健康を脅かされなければならなかったり、半径数十キロの人々が避難
しなければならなかったり、世界中はおろか未来の地球までもが危険に
曝される事態が起こる、というのはどう考えても効率が悪すぎると思うのだ。

そうまでして得られるのが日本が使う電力の3割ならば、そして原発を
全てなくすまでにそんなに時間がかかるというのであれば、その間に
使用量を減らしたり代替エネルギーを生み出す取り組みも、進むのではないか。

何よりも、この1か月、自分の軸さえ見失ってしまいそうなほど、
原発や放射能に関して流れる情報はどれもバラバラで、何を信じたらいいのか
どれが正しいのか、どれをどう読めばいいのか、皆目わからない。

それはもう、核をエネルギーに使うということに対する充分かつ正確な情報を
持ち、そこに内包された危険をコントロールする術を持つ人が、然るべき
地位に一人もいないのだ、というふうにしか、わたしには読み取れない。

色々見聞きしてきて、これだけは確実に言えるような気がする。

「核は、今の人間の手に余る」

それだけのことだと思うので、原発の全てを否定するシュプレヒコールを
挙げる、というのはどうも違うような気が、少なくともわたしは、するのだ。

そういうわけで、鎌倉のパレードは、わたしにしっくりきた。

鎌倉駅の西口の時計広場を待ち合わせ場所とした今回の鎌倉のパレードは、
見るからに地元に根ざした暮らしをしている雰囲気のナチュラルな服装の
若者たちが率いて、小さな子供から若いカップルから年配の人、
サーファーやなんかが手作りのプラカードなどを持ったりして集まり、
2列になって1時間半ほど、花見客で賑わう鎌倉の中心街を歩くという
ものだった。楽器を奏でる人たちもいたので、まるでお祭りのような
和やかな活気の中、うららかな鎌倉を歩いた。




「Imagine 原発のない未来を」
「Imagine 分け合って暮らす社会を」
「おいしいお魚とおいしい野菜を安心して食べたい」
「自然エネルギーを選びたい」
「今年の夏も鎌倉の海で泳ぎたい」
「鎌倉の海で安心してサーフィンしたい」
「原発さん、これまでありがとう。お疲れさま、さようなら」
「原発さん、あなたがいなくても大丈夫」

満開の鶴岡八幡宮参道、若宮大路の櫻を見上げながら、そんな言葉を
アピールしながら進む。

一生忘れられない、櫻になりそうだ。



わたしはこれまで、「デモ」というと、その声高さと交通への邪魔が
「迷惑だ」と思って、遠くから冷ややかに見ている方だった。
しかしわたしが初めて参加したパレードのようなデモは、それとは程遠かった。
何かを否定するでもなく、今多くの人々が感じているだろう思いを
口にしているだけのわたしたちに、鎌倉の花見客は優しかった。

「自然エネルギーの方がいいに決まってるよな。。」

そんなふうに話す通行人の声が、本当にたくさん聞こえてきた。

一人だけ、
「そんなこと言って、電力が足りなくなったらどうするんだ」
と年配の男性の声が聞こえてきたことはあった。

「小児がんや奇形の増加の危険性があるかも知れない今の事態より
困ることがわたしには思いつきません」
心の中でそう答えた。
(口に出して答えたかったけど、咄嗟に答えられなかったのが悔しい)

幼稚園生の手を引き、ベビーカーを押した4人家族の花見客が
「入れてください」と列に加わってきた。
ビラを受け取りながら、年配のご夫人が「ご苦労様です」と頭を下げて
声をかけてくれた。
沿道の商店から従業員や経営者が小さなプラカードを持って出てきて、
ガッツポーズをしてくれた。
厨房の窓から顔を出した調理士さんたちが、全員で「ありがとう」と
拍手してくれた。

小さな勇気を奮い立たせて生まれて初めてのデモに参加したので、
そういう小さな賛同が、本当に嬉しかった。

警察にもわたしは感動した。
たとえ500人でも、花見客でごった返す鎌倉で人がまとまって
移動する、というのは大変なことだ。
ただでさえ車や人で混雑する複雑な地形の街に、信号やバス停、
駐車場、曲がり角、踏切が至るところに。
しかも2列で歩いているから、途切れやすく実に不安定なパレード。
警察からはたくさんのおまわりさんが来てくれて、縦横無尽に
交通を整理してくれた。
デモというものに対して警察は迷惑なものでも扱うようにあしらうんじゃ
ないかと想像をしていたのだが、全然違った。
一生懸命に走り回って交通を整理し、動線を確保し、列が途切れない
ように采配してくれた。車道と歩道の間を歩くことが多かったが、
危険も混乱もなく、途切れることもなく、いいペースで安心して
歩くことができた。迷子なども出たが、泣き叫ぶ子供を片手に抱っこ
しながら走り回ってくれた。時おり「頑張りましょう」と声まで
かけてくれた。それも1人や2人じゃなく。
彼らもきっと、家族を持ち、鎌倉の海と自然を愛しているに違いない。
被災地に故郷がある人だっているかも知れないのだ。津波の避難誘導を
していて殉職した警察官のニュースに胸を熱くしたおまわりさんも
いたに違いない。

誰もが望んでいるだろう未来を共に見つめる、和やかな時間。




しかし最後の方で、わたしとしては違和感を感じるシュプレヒコールが
叫ばれたこともあった。
ちょっと強い語調の「原発反対!」的な発言は、今日のパレードには
要らないとわたしは思った。

それ以上に
「左翼より 右翼より 仲良く!」
と叫ぶ若者がいたのは残念だ。

日本では「右翼」「左翼」というと、いずれも、極端な思想を
それこそ「声高に」叫ぶ宣伝カーが思い浮かんでしまう。
しかし多分世界的には、「右派」「左派」というのは、もう少し
微妙なグラデーションを持っているものだ。
たとえば、アメリカはかなり明確な二党政治が行われているが
(それが成功しているかどうかは知らないが)
共和党は基本的に右派、民主党は基本的に左派で、政策の根底には
常に政治思想の裏付けを求められる。
生まれた時からチャキチャキの共和党或いは民主党、という人も無論
多いが、多くの人は現行政治に対する評価を元に、次の選挙でどちらに投票
するかを決めたりするのだ。

「左翼より 右翼より 仲良く!」というこの若者のシュプレヒコールは
日本人の感覚に如何に政治思想が欠落しているかを表している気がして、
何だかもどかしかった。(叫んだ若者にあまり非はない)

わたしだったら「武力より 我欲より 仲良く!」とでも叫んだと思う。

パレードは、由比ケ浜の海岸で解散した。
穏やかで広々として暢気な湘南の海を見ながら、この同じ海が猛り狂って
何万もの人の命や町を奪ったのか、と信じられない思いに打ちのめされる。
この海が永久に穏やかで安全なものであり続けますように、と心の中で
手を合わせた。



わたしのデモ初体験は、素晴らしいものだった。
いま日本人は、意識を変える必要に迫られていると思う。
それについては、また書きたい。


薛 珠麗(せつ しゅれい)
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