___evidence*___薛珠麗's BLOG

薛 珠麗(せつ しゅれい)のブログ
<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
# 扇田昭彦さん
ミュージカルに興味を持ち始めて最初にしたことは、
オリジナル・キャスト・アルバムを買い集めること、
そして雑誌や新聞の記事を片っぱしから遡って読み漁り、
集めまくることだった。

程なくストレートプレイにも夢中になったわたしは、
やはり雑誌や新聞の記事を片っぱしから遡って読み漁った。
学生だったので、図書館に通い、演劇雑誌は軒並み棚から
ごっそり出してきて(授業にも出ず)読んで読んで読みまくった。

書店に行けば、もちろん演劇コーナー。
毎日通っても毎日新刊が出ているわけではないのに、
やっぱり毎日通って、立ち読みして吟味して、厳選したものを
連れて帰る。

インターネットが日常のものになる、何年も前のことだ。

【お芝居】と【ミュージカル】、両方を大好きになって
最初に知ったのは、両方を分け隔てなく取り上げ、
明晰な眼差しで見つめる、ある演劇評論家の存在だった。

当時は月刊だった『ミュージカル』誌には氏のレビューが毎号
必ず載っていた。
当時自宅でとっていた日本経済新聞も文化欄は充実していたが、
劇評については朝日新聞も合わせてチェックしなければ
十分とは言えないのだった。そしてそこにも、氏の劇評がいつも
掲載されていた。
著作に関しては1994年に著された『ビバ!ミュージカル!』が
わたしにとっては大切な1冊だ。「ミュージカルの時代が来た」と
書かれた 金色の帯といい、心躍るミュージカル愛に満ちている
中にも、氏らしい俯瞰の眼差しが貫かれていて、その時点での
日本のミュージカルの位置をしかと確かめられる1冊になって
おり、手放せない。

とにかく、わたしの人生が劇場と関わり始めてからずっと、
氏のお名前はいつも観客の一番近くにあった。フェアで硬質、
明晰でいて、しなやかな愛に溢れた、文章と共に。

演劇の世界で仕事をするようになってからは、インタビュアーと
通訳という立場で、何度も何度も、ご一緒する機会が持てた。
光栄なことだ。
青年のような真っ直ぐな、そして好奇心に煌めくような眼差しと、
他に見たことがないような清潔さ漂う佇まいがわたしは大好きで、
ご一緒する時はいつも嬉しかった。
氏の方も、わたしの師匠の言葉の一つ一つに、いつもとても
楽しそうに嬉しそうに、そしてちょっとはにかんだように、
耳を傾けていらした記憶がある。
ノートの上をペンがどんどん走ってゆく、そのスピードが、氏の
興奮のバロメーターのようだな、といつも思った記憶がある。

忘れ難いのは、1994年にわたしの古巣=tptで上演した
『ヘッダ・ガブラー』に書いてくださった劇評だ。(朝日新聞
1994年5月17日夕刊掲載)何だか舞台の上に渦巻いた情念を
そのまま写し取ったような、凄みのある文章だった。
「これは‥‥!」と一同、強烈な手応えを感じた記憶が残っている。
わたしはボスに命じられ、劇評を英訳して、すぐに
ロンドンに帰国していた演出家にファックスした。
そしてその夜から、tptの事務所ではてきめんに、当日券の
問い合わせの電話が鳴り止まなくなった。
よく「作品がロングランするか否かを新聞の劇評が左右する
英米と違って、日本の新聞に載る劇評は作品の運命を決めるほどの
力は持っていない」と言われるし、実際にそうだとわたしも常日頃
から感じているが、やはり例外はあり、作品の力を根底から支える
ような、そんな劇評が、日本にもあるのだ。『ヘッダ・ガブラー』は
実は、わたしが生まれて初めて関わった演劇作品であった。
わたしはいきなり1本目で、作品を共に創るような、そんな劇評が
日本にはあるのだと、教えていただいたのだ。

2009年にわたしが小田島雄志翻訳戯曲賞の第1回目をいただいた
際は、何と氏が控え室まで案内してくださったり、授賞式の写真を
撮ってくださったりした。あまりに恐縮して緊張して、ろくなご挨拶も
できなかったような気がする。

他にも数え切れないほどの初日や、よそ様の舞台の客席で、氏とは
ご挨拶する機会があった。それなりにご挨拶していたが、きちんとした
お礼はついに一度もお伝えできないままに、いつもそこに、舞台と
そして観客と共に、いてくださった扇田昭彦さんという演劇評論家に、
ご挨拶することは二度と叶わなくなってしまった。新しい文章を拝見
することももう叶わない。

わたしの劇場との関わりの中で、扇田さんの存在は常に演劇と共にあり、
どうしても切り離しては考えられない。新しい作品はどんどん生まれる
のに、それを見つめる扇田さんの清澄な眼差しは、もうないなんて。

とにかく、感謝を。
伝えられないままに終わった、感謝を。

扇田さん!本当に、ありがとうございました。


薛 珠麗(せつ しゅれい Shurei Sit)

 
web拍手
| comments(0) | - | 01:21 | category: |
# ようこそ2014年!
新年が明けて1週間が経ってしまいました。


明けましておめでとうございます!!!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年の元日は新月の日でした。
何とも【始まり】らしすぎる始まり方!

毎年書いていた絵馬を、わたしは今年、書きませんでした。
何だか【願う】よりも【誓う】感じの初詣で。

新しいことがもりもり起きそうな新年です!

2014年、この文章を目にした方もそうでない方も、
皆さま健康と微笑みに恵まれる幸せな1年になりますように。

毎年、初詣での帰りに見上げる横浜ランドマークタワーです。
今年もお正月は快晴でした!




ところで、こんな記事も書き始めています。
マイペースに書いていくつもりです。



薛 珠麗(せつ しゅれい Shurei Sit)
web拍手
| comments(0) | trackbacks(0) | 02:44 | category: |
# ありがとう2013年!

しめきりに追われているうちに、2013年が暮れてゆきます。
ただただ机に向かう年の瀬。情緒はないけれど、本当に幸せなことです。

2013年わたしにとって大きかったのは、何と言っても『楽屋』の演出です。
芝居に熱い熱い情熱を持つ仲間たちと出逢い、共に心から愛せる舞台をつくれた
ということは、これからの年月を更に豊かに彩ってゆくための指針とも財産とも
なる体験でした。

プライベートでは、何だが旅の多い1年になりました。
当初の予定には全くなかったのですが。

『レ・ミゼラブル』と『ルドルフ』を観るためだけに
弾丸ツアーで訪れた韓国、釜山。
初めて訪れた、広島県福山市と岡山県倉敷市。
父が亡くなってから初めて訪れた父の故郷、香港。
久々に訪れた大好きな京都、初めて訪れた金沢。
そして、今行った、15年ぶりのロンドン、そして9年ぶりのパリ。

いずれの旅もわたしの心に深く痕跡を残すものとなりました。
年が明けたら、遅ればせながら旅行記なども綴れたらと思っています。

2013年は、全ての起点は自分であること、そしてそれとは逆に、
一人ではなく大切な誰かとと共に夢を見ること、の両方を学ぶことが
できた気がします。

これこそが夢を叶える魔法の杖!
今年手にできた実感は、わたしにとってそう思えるものばかり。

そんな2013年に、ありがとう。

2013年に出逢えた、再会できた、いつもいてくれる、全員に
ありがとうございます。

もうわたしは、2014年が楽しみで仕方がありません。
待ってろ新年!

こちらをご覧いただいている皆さま、どうか良いお年をお迎えくださいませ。




薛 珠麗(せつ しゅれい Shurei Sit)
web拍手
| comments(0) | trackbacks(0) | 20:26 | category: |
# 客席から、醒めない夢を。
なかなかキツイ子供時代を送ったので、「物語」が常に生存の手段だった。

しかし、『赤毛のアン』のように物語の世界に入り込んでのめり込んで、
というのとはちょっと違ったのだなぁ、と最近、気がついた。

「逃避の手段」ではなく「客観視を学ぶ場」だった、と。

何しろ生まれながらの「どこにも所属できない」存在。
「家庭」も「近所の友達」も「学校」も「親戚付き合い」も、一つ残らず
「異文化間コミュニケーションの場」という生まれ育ち。「客観視」ができる
ようにならなければ確実にバラバラになる運命だったわけで、その目線を
わたしは「物語」と向き合うことで培った。

‥‥と書くと何だか難しそうだが、何しろ子供だったのでそうでもなく。

幼稚園の頃は「戦隊もの」「ライダーもの」が花盛りだったが、わたしは
「演技がおおげさ」という理由で、そういった番組が基本的に嫌いだった。

しかし「戦隊もの」における「変身後」の主人公たちの何というか、
キレのある動きやフォーメーションなどに見えるケレン、そして紅一点の
女性隊員たちの華やぎあるポジションなどを見ているのは爽快で好きだった。

そんな幼稚園児のわたしを両親は遊園地やデパートの屋上に連れて行く。
夏休みともなれば「戦隊ショー」が目玉である。

「悪の組織に襲われそうになった子供たちをヒーローが助けにやってくる」
「そこで何故か主題歌が披露されたり、あまつさえ子供たちがお遊戯のように
一緒に歌ったり踊ったりさせられる」
「ヒーローは時には握手をしてくれたり一緒に写真に納まったりと、何故か
大サービス」というこのテの「戦隊ショー」に、わたしは非常に懐疑的だった。

「地球征服を狙う悪者が、テレビの中ならともかく、こんなところまで出向いて
公衆の面前で子供ばっかり襲うわけがない」
「悔しかったら全員、変身前の顔を出してみろ!」
「【ヒーローをみんなで呼びましょう】だと?わたしは彼らがどこからどうやって
登場するか見るのに忙しくてそれどころじゃない!」
「【主題歌をみんなで歌おう】だ?せっかく主題歌は本物の歌手が歌っている
のだから、ゆっくり歌を聴かせろ!」

‥‥とこんな調子で、厳しい目を光らせてステージを見守る子供であった。

一度などは、ヒーローが屋外ステージのセットの上から姿を現したことが
あった。わたしは「そう来たか!やられた!」と大喜びし、シャッターチャンスを
逃さずその鮮やかな登場をカメラに収めたハハを「でかした」と労った。

かくして、登場したヒーローたちを「どうせテレビでやっているのとは違う人たちが
中に入っているんだろうけど、動きのキレは本物だ、なかなかかっこいい」とか
「あの決めポーズとフォーメーションはこうしてナマで見ると見応えがある」とか
「記念写真!?やなこった、でもあの衣装を間近で見るチャンスだ!」とか、
そういった目線で大いに楽しんでいた。

子供らしい純粋な目線と早くから無縁だったわたしは、そういった「子供だまし」(って
子供なんだけど。。)の設定を頭っから信じる周囲の子供たち(もちろん同年代)を
遥か上から見下ろして軽蔑する、「可愛げ」などこれっぽっちもない子供だった。

幼稚園の時には、そのおかげで非常に痛い目に遭った。

その頃、『がんばれ!!ロボコン』という番組が流行っていた。「宇宙から来た
お手伝いロボット」という荒唐無稽な設定はアニメに向いていそうだが、それは
実写という形を取っていた。

わたしはもちろん、主人公ロボコンを「着ぐるみじゃん」と一蹴したわけだが、
「ロビンちゃん」という登場人物(のちに「カポニーヌさま」と呼ぶことになる
島田歌穂さんが演じていらした!)の「バレリーナ星から来たお姫さま」という
設定には、かなりロマンをかき立てられていた。

当時、同級生の間でバレエを習うのが流行っていたから、というのも大きかったと
思われる。

「ちょっと素敵じゃない?」と思ったその設定を身にまといたくなり、あまり深く
考えず、数少ない「日本語が通じる同級生」の一人に「わたしもロビンちゃんと
同じバレリーナ星から来たの」と言ってみた。

わたしなりの、ロマンだったと思う。

しかし、わたしよりも一般的な幼稚園児の感性を持っていた同級生は、あり得ない
ことに、その言葉を信じたのである。
その後もしばしば起きた、「日本語は通じるが言葉が通じない」という現象である。

わたしは「ばかじゃないの」と思うと同時に、何だかひどく「味気ない‥‥」と
がっかりしたのを覚えている。

「フィクションはフィクションとして楽しむのが【粋】ってモンじゃないの」と。

何だか興が削がれた想いでそんな話は放っておいたら、別の同級生に笑われでも
したのか、その同級生によってあっという間に「しゅれいは嘘つき」と評判を
立てられてしまった。

【物語】と【嘘】の区別もつかんのか!

そう叫びたかったが、そんな話に煽られてしまうような幼稚園児たちにも理解
できる説明の言葉をまだ持っていなかったので、わたしはただ口をつぐむことを
選んだ。

根拠の浅い悪評は、根っこがない分、時と共に風のように消えていくだろう、と。
実際その通りだったが、だからといって「嘘つき」と呼ばれて傷つかないほどは
大人びていなかった。

幼稚園にして「この世の生きにくさ」「理不尽さ」をまた一つ学習したわたしは、
やがて「クリスマス」というヤツに対して、用心するようになっていた。

みんなは、まさかとは思うが、ひょっとして「サンタクロース」を信じている‥‥?

わたしは覚えている限り、一度だって「サンタクロース」が実在すると考えた
ことはなかったが、何しろ同級生たちは主にキリスト教圏の出身。
「サンタクロース」という人物の設定の破綻を、彼らが見抜いている形跡は
なかった。

「クリスマス当日の朝ならともかく、終業式の前に学校でやるクリスマス会にも
来るのって、おかしいと思わないの?」
「本当にサンタさんがプレゼントを配るのだったら、近所のおもちゃ屋の
包み紙はおかしいじゃん」
「みんなの家には暖炉も煙突もあるけど、うちにはないし。窓も閉まってるし。」
「だいいち一晩で世界中の家を回るわけ?」

でも、自分のこの感覚を無粋と思ったことはないし、今も思わない。

知らない白人の白髪のおじさんがありもしない煙突を伝ってプレゼントを届けて
くれる、と頭ごなしに信じるよりも、クリスマス・イヴの夜に世界中が同じ物語を
夢見てクリスマス・ツリーを飾り、胸を躍らせて眠りにつく、ということの方が
よっぽど美しいと思った。今でもそう思っている。

【物語】は【本当】だの【現実】だの【嘘】だの、そういったものよりもずっと
ずっと高くて美しいところに存在する。それが何よりの、ロマンではないか。
サンタクロースは実在するしないを超越した空を飛び回る、美しい夢なのだ。

サンタさんが【現実】でないと知ったら、かつてわたしを「嘘つき」と言った
ように【嘘】と騒ぎ立てる気だろうか、と考えただけで「げんなり」である。

しかし幼稚園児のわたしはそんな説明の言葉を持っていなかったし、理解して
くれそうな同級生も見当たらなかったので、ずっと、ずーっと、黙っていた。

そのうち同級生たちは、今度は急に「大人の世界」という奴をつまんながったり、
かと思えば闇雲に模倣したりし始めた。
気がつけば、大人の目を盗んで酒を飲んだり煙草を吸ったりセックスをしたり。

すると、どうだろう。
彼らは今度は、小説や漫画やアニメが大好きなわたしのことを「夢物語の中に
生きている、現実に生きていない」と言い始めた。

同級生たちの相変わらずの趣味の悪さに、わたしは辟易するばかりであった。
わたしがどんな想いで物語の世界をみつめているか、知りもしないで。

酒も煙草も男も、かっこよくめいっぱい楽しむためには然るべき条件が揃わねば
ならない、でなければ見苦しいだけじゃないか!
世の中を冷めて捻くれた目で見ることがかっこいいとでも思っているのか!

ずっとそうやって生きてきたので、演劇と出逢った時はホッとしたものである。

【本当】じゃないけど【嘘つき】でもない、【現実】よりも【真実】を探す
世界が、劇場には広がっていた。
時には【現実】より切実に、本気で、物語の中の悲喜交々をみつめ続ける
人々、学校には一人もいなかったわたしと同じ人種が、ここにはワンサカいる。

サンタクロースがあらゆる設定の矛盾を超越して実在する、というのは
実に意外な発見であったが、それ以外は「わたしは間違っていなかったんだ」と
ここでは、思える。

物語を物語としてみつめた時、現実はますます美しい場所に思えるとわたしは
思う。
むしろ、現実をますます美しい場所に変えるチカラを、【物語】こそが
持っている、と。

持ち前の筋金入り「つっこみ」目線をねじ伏せ平伏させるような強く美しい
物語を、わたしはここで、劇場で、追い求めて生きている。



薛 珠麗(せつ しゅれい Shurei Sit)
web拍手
| comments(2) | trackbacks(0) | 01:42 | category: |
# 『赤毛のアン』と『あしながおじさん』
(以下は、2007年12月30日付けで mixi の日記にアップした
文章です。)


『赤毛のアン』と『あしながおじさん』。
どちらも、少女の頃のわたしの愛読書。
最近した模様替えのおかげで、懐かしい本を再び手に取っている。

子供の頃に好きだったものって大人になってから触れるとまた違う
魅力が見えてくるものも多いが、この2つは別格だ。

『赤毛のアン』‥‥というより、それを筆頭とする「アン・ブックス」と
云った方がいいかもしれないが‥‥は、ギンガムチェックやパッチワーク、
パイにケーキに果樹園‥‥の世界だと思っている人が世の中には多いと
思う。髪の毛はおさげ、レースにフリルに、って。

‥‥とんでもない!
‥‥まぁ確かにそうなのだが、それだけではないのだ。

確かに1冊目の『赤毛のアン』は、「手芸とお菓子づくりが趣味」な「永遠の
少女」系の皆さんがお好みになる世界だと思うが、シリーズを読んでいくと、
作品世界、アンの世界が広くなっていき、より深く、そして暗くなっていく。

七つの海を旅してきた老船長の、冒険譚や、遥かな悲恋。
愛する者の非業の死に閉じ込められた、業深い美女の魂の救済。

アンという人物の愛らしさやあたたかさはずっと失われないが、
知性に裏打ちされたあのある種の透徹は、『赤毛のアン』を読んだだけでは
想像がつかないような様々な舞台で様々な人物たちと出会い、彼らの生
(そして死)に影響を与えていく。

中年期のアンの人生に降りかかるものは、『赤毛のアン』しか知らない
人にはもっと想像がつかないだろう。平凡な人間の幸福や不幸を
生きていたアンの人生に、圧倒的な運命が降りかかるのだ。
それは「世界戦争」。アンの家族が戦争に巻き込まれていく。
作者はそれまでと同じ目線で同じ人々を描いているのに、いや描いている
からこそ、その向こうにある「戦争」が見えてくる。世界はもう二度と、
馬車と果樹園とレース編みの世界には戻れないのだ、ということを実感を
もって描いていて、実に圧巻。そして、涙なしには読めない。
戦争がどんなに美しいものを粉砕していくものであるか、ひょっとしたら
どんな戦争映画よりも実感させてくれるかもしれない。

アンを「少女趣味」だと思って一蹴している人には、是非、シリーズ通して
読んでみてもらいたい。


そして『あしながおじさん』。
大人になってから読んでみると、もう面白くてたまらない。
これはもう、完全なラヴ・ストーリィなのである。手紙を書いている主人公
ジュディの、ではなく、手紙を受け取っている側である「あしながおじさん」の。
大人になってから読むと、彼がもう完全に、最初から彼女に恋愛感情を
抱いて孤児院から大学に上げてあげたのが明らかなのだ。
「あしながおじさん」は手紙の返事を基本、書かないが、わずかな
リアクションの数々が、もうめちゃくちゃ面白い。ジュディの回りに男性の影が
ちらつき始めたとたんに、豪華なプレゼントを贈ったりしちゃうのだ。
ジュディちゃんがまた世間知らずの魔性ちゃんなので、そんな相手の気も
知らず、とても天然に、男ゴコロにはたまらんであろうことを、それはもう
無邪気に、ポロッと書き送ったりしてしまう。

調べてみると、作者ジーン・ウェブスター、とても面白い人物だった。
非常に文化的な環境で生まれ育ち、最高級の教育を受け、世界中を
旅行し、政治思想的にも活動的で、恋愛もたいへん波瀾万丈。
一癖も二癖もある人物だった。わかって読むと、『あしながおじさん』は
実にさまざまな警句や、社会的な問題提起に溢れた本だ。
『続 あしながおじさん』という本も(こちらはあまり知られていない)あるの
だが、少女向けの小説なのに、波瀾万丈な自身の恋愛を実に巧みに
書き入れていることもわかった。

う−ん、ただ者ではない。

次は『若草物語』辺りを読み返してみようか。
あの作家は、アメリカ文学史上最も有名なレズビアンである。

次は『秘密の花園』と『小公女』か。
イギリス生まれの作家らしく、あの毒気!そして、インド人差別が前提と
して存在するイギリス臭!気になる‥‥(笑)



薛珠麗(せつ しゅれい Shurei Sit)


web拍手
| comments(0) | trackbacks(0) | 03:21 | category: |
# これぞ「初心」!
以前このブログでも書いたように、芝居の仕事をするようになった
直接のきっかけは、tptの第1回ワークショップに参加したことだ。

19年前のことである。

当時ワークショップに参加するにあたって書いた申込書が、思わぬところから
ひょっこり出てきた。ファックスで送信したので、原本が手元に残って
いるのだ。

自分の究極の「初心」なので、刻みつける意味も込めて、ここに
アップしてしまおうと思う。

‥‥そして、ブログやtwitterなどでわたしの文章に触れている皆さまには‥‥
「何年経ってもこんなに変わらない人間もいるのだ」という恐ろしい(或いは
笑える)一例として、是非とも呆れていただきたい。


*****


俳優・スタッフとしての経験は一切ありません。3年前から舞台の上に
世界を創り出すための勉強を始め、昨年から宮本亜門氏主催の「スタッフ・
ワークショップ」に参加、第2期の5人のメンバーの1人として、スタッフに
なるための感性を磨いてきました。演劇に関して今までに学んだ最も重要な
ことは、舞台の上が、さまざまな人生の一瞬の出会いの場だということです。
スタッフや俳優、そして観客の1人1人は、舞台の上の世界に描かれた人間を
通して一期一会の出会いをします。それは永遠の中のほんの一瞬ですが、
時には人生をゆさぶり、変えてしまう出会いです。一行の台詞にも、役者の
動き一つ、息遣い一つにも、床に投げられた一筋の影にも、想いを伝え、
呼び覚ます力があるのです。そんな一瞬を生み出すために、わたしはこれまで、
想いを感じ取る感性や振り幅の大きな感情、そして舞台に対する愛情と情熱を
培ってきました。新たな刺激と出会いの場として、TPTのワークショップへの
参加を、強く希望します。


*****


「昨日書いた」と言ったとしても何のギモンもわかない文章‥‥

次の19年には‥‥もう少し成長できるように、頑張ろう。とほほ。笑



薛珠麗(せつ しゅれい Shurei Sit)

web拍手
| comments(0) | trackbacks(0) | 23:44 | category: |
# Seasons of Love 2011
Seasons of Love 2011編集する2011年12月31日21:51
最愛ミュージカルの一つ『RENT』の代表曲『Seasons of Love』。

「あなたは1年を何で数える?
「愛で数えたらどうだろう 愛の季節で」
と歌う歌。

そういうわけで、わたしの2011年を数えてみることにした。


起きられなかった朝の数。
眠れず過ごした夜の数。
ニューヨークに行った旅の数。
ブロードウェイの夜の数。
日本と世界の間にわたせた橋の数。
立ち会った初日の数。
かけがえのない贈り物の数。
神さまにお返しした人の数。
みつけることのできた松明の数。
友と確かめた道標の数。
生み出した物語の数。

死ぬほどの恐怖の数。
生きるためにした買い出しの数。
生き延びるために考えた工夫の数。
家族にした感謝の数。
過去のものにすることができた枷の数。

死を想った瞬間の数。
もう二度と会えなくなった人の数。
ハハと大泉洋を見て笑った数。
永遠に叶わなくなった約束の数。
永遠に叶わなくなった願いの数。
永遠に叶わなくなった一言の数。
永遠に見られなくなった笑顔の数。
永遠に聞けなくなった声の数。
永遠に笑い合えなくなった冗談の数。
永遠に伝えられなくなった「ありがとう」の数。
手の中に見えた気がした、バトンの数。

飲み込んだ言葉の数。
押し殺した涙の数。

奇跡のような出逢いの数。
一目惚れをした相手の数。
放せなかった握手の数。
与え合った優しさの数。
キマグレンの歌に涙した数。
音霊で飲んだカクテルの数。
逗子 BEACH で見たサンセットの数。

贈られた深紅の薔薇の数。

命をみつめた数。
待ちかねた朝の数。
確かめた「自分」の数。
自分の血と肉から紡ぎ出した希望の言葉の数。
みつけた夢の数。
みつけ直した夢の数。


幸せの数。
圧倒的な、幸せの数。

胸に満ちる愛の数。

心よりの、感謝の数。



亡くしたものも多かったけど、手にしたものの方が多い1年でした。
本当に哀しいことがあったけど、でも本当に幸せな1年でした。
なぜならば、人生でこんなに「愛する」をした年はなかったからです。


薛 珠麗 (せつ しゅれい - Shurei Sit)
web拍手
| comments(0) | trackbacks(0) | 21:56 | category: |
# 「祈り」と「願い」と





色々なことがありすぎた2011年が、もうすぐ暮れてゆく。



思えば「愛する」ということをこんなにした年は、わたしの人生になかった。



この世で一番尊いものは、「祈り」そして「願い」ではないだろうか、とこの頃よく思う。

人がこの世に生まれる理由も、目的も、そこではないかと。

願いを成就させることも素晴らしいけれど、願うことそれ自体が、美しくそして

尊いことなのでは、と。



「祈り」「願い」それが「愛」。



わたしの場合、それに「創作」が加われば一生幸せに生きていけるかも‥‥などと
考える。

祈りや願いや愛を、作品を通して叫ばせ、歌わせる。

そういうことなのかも知れない。



わたしの愛する人たちに、祈りと願いを。

ここにいない人にも、もう二度と会えない人にも、届くほどの、祈りと願いを。





薛 珠麗(せつ しゅれい Shurei Sit)
web拍手
| comments(0) | trackbacks(0) | 06:53 | category: |
# おくりもの(追記あり)
ミュージカル『レ・ミゼラブル』に登場する麗しき革命家、
アンジョルラス。
ああもうその名を目に、口にするだけで想い溢れる、わたしの
(今のところの)人生最愛の人です。実在しないけど。

彼への愛はこのブログの「History」カテゴリーなどでちょこっとだけ
語ってきたと思います。

そのアンジョルラスを1994年から2001年まで演じて、
その後3回にわたってスペシャル公演という形で復活し、今年4たび
「帝国劇場100周年」記念公演ということで復活が決まっている
岡幸二郎くん(彼の『レ・ミゼラブル』での現在の持ち役は
ジャヴェールです)から、彼のイメージの中のアンジョルラスを
描いた浮世絵を、プレゼントされてしまいました。



ちなみに絵はこれです→瞬浮世屋

上記のサイトにあるのは校正摺りとのことで、実際の作品は
絵は一緒でも、色が配置から違ったりして、まるで別の絵のようです。
ずっとずっと鮮明かつ繊細で美しいです。

幸二郎のアンジョルラスは、初演である1994年2月22日の名古屋での
舞台から、ずっとずっと見守っています。
彼に言わせればわたしは「アンジョルラスに一番うるさい人」とのことで
わたしは勝手に「乳母」を名乗っております。いや、最近では図々しくも
気持ちはすっかり「母」になっております。

『レ・ミゼラブル』帝劇100周年記念スペシャルキャスト公演、
母は心して見守りたいと思います。

追記:より鮮明な画像が見つかりました!手元にある絵と近いです。
   (でもまだ、細かい色とかが違うけど。。)
   こちら、絵を描かれた笹本正明氏のサイトです。


薛 珠麗(せつ しゅれい)
web拍手
| comments(4) | trackbacks(0) | 14:25 | category: |
# 夢の元手
母親に「いきなり5億円が手に入ったら何に使うか」と尋ねられた。
一緒にテレビを見ていたら、そういう話が出てきたからだ。

これを読んでいる皆さんは、どうされるだろうか。

わたしは一瞬「劇場を建てる?」という考えが頭をかすめたが、
5億円というのは生活を潤わせるには充分なお金だけれど、
たとえばゼロから劇場を建てようと思ったら、あっという間に
吹き飛ぶ金額だ。

というわけで、わたしは「何にも使わない。これまで通りの生活を、
ただし今までより少し自由に少し贅沢にして、続ける」と答えた。

母親には「使ったら減っていくばかりじゃない。それを元手に
何か始めるとか興すとか、そういう考えはないの?」とぶうぶう
詰め寄られ、挙げ句に「うちの娘には夢がないんだ」と嘆かれた。

うーん。

それは事業を興すとかお店を出すとか、そういう種類の夢を持つ人の
発想ではないかと思う。

たとえば「大がかりな公演を打つ」とでも答えればハハは満足したの
かも知れないが、劇場だのスターさんだのをカネにもの言わせて
集めたところで、虚しいだろう。

わたしの仕事もわたしの夢も、あくまで人にお金を出していただく
仕事であって、自分でお金を出す仕事ではない。
プロデューサだのスポンサーだの観客という人々に、こちらが提供した
作品を信じて買っていただく仕事。

いわば、元手が全く要らない仕事なのだ。

ただし、経費はあればあるだけ色んな世界が開ける仕事ではある、
とは思う。5億円あったら、一生何のためらいもなく観劇し旅行をし
美しいものを回りに集め、資料だっていくら集めても収納に困らない
アトリエ付きの家に住める。
「オーロラを見たい」とか「オーバーアマガウの受難劇が観たい」
というようなちょっとした夢も叶うだろう。
大好きなヴェネツィアのカーニヴァルに毎年参加できるだろうし。
5億円あったら、そういった経験をたくさんしてそれを元手にして、
芝居を豊かにして幅を広げていきたい。

そう。やっぱりわたしの仕事に必要なのは、お金の元手じゃない。
ハハには「夢がない」と言われたが、どちらかというと「夢しかない」
ではないだろうかと思う(笑)

‥‥本当はもう一つ、今のままじゃ実現できなさそうな夢をひとつ、
叶えられるかな?とも考えたけれど。。。ハハには申し訳なさすぎて、
言えなかった。ここに書くのもちょっと憚られるのでやめておく。

ありもしない5億円を巡って、そんなことを考えた。



薛珠麗(せつ しゅれい)
web拍手
| comments(0) | trackbacks(0) | 02:06 | category: |
Profile
Comments
Mobile
qrcode
今宵の月は‥‥
Search this site
Sponsored Links